概要
天武天皇の孫である左大臣長屋王が、藤原四兄弟の陰謀により謀反の疑いをかけられ自殺に追い込まれた事件。密告により軍勢が邸宅を包囲し、長屋王は妻子とともに自害。皇親政治から藤原氏主導の政治への転換点。
歴史的背景
藤原不比等の死後、皇族出身の長屋王が政治の実権を握った。藤原四兄弟(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)は妹の光明子を聖武天皇の皇后にすべく、障害となる長屋王の排除を図った。
地形・地理的特徴
平城京内での政変。長屋王の邸宅は平城京の二条大路沿いの一等地にあり、その規模は一般貴族をはるかに超えるものであった(長屋王邸跡から大量の木簡が出土)。
歴史的重要性
藤原氏による政治支配の確立を象徴する事件。この後、光明子が皇族以外で初めて皇后となり、藤原氏の外戚政治が本格化。1980年代の邸宅跡発掘で大量の木簡が出土し、奈良時代の政治・行政の実態が明らかになった。
参考文献
- 『続日本紀』聖武天皇紀
- 長屋王家木簡