概要
ウマイヤ朝カリフのスレイマンが陸海から約12万の大軍でコンスタンティノープルを包囲。ビザンツ皇帝レオン3世は「ギリシャの火」(水上でも燃え続ける焼夷兵器)でアラブ艦隊を壊滅させ、ブルガール人の援軍もあって包囲軍を撃退した。アラブ軍は飢餓と疫病で壊滅的被害を受けた。
歴史的背景
ウマイヤ朝は674-78年にも第一次コンスタンティノープル包囲を行い失敗。717年の第二次包囲はカリフ国の総力を挙げた攻撃であり、成功すればヨーロッパ全土へのイスラム侵攻の道が開かれるところだった。
地形・地理的特徴
三方を海(金角湾、マルマラ海、ボスポラス海峡)に囲まれたコンスタンティノープルは、陸側をテオドシウスの三重城壁で防御されていた。鎖で封鎖された金角湾と「ギリシャの火」を装備した海軍が防御力を補完し、中世で最も難攻不落の都市であった。
歴史的重要性
トゥール・ポワティエの戦い(732年)と並び、イスラムのヨーロッパ征服を阻止した決定的戦闘。ビザンツ帝国の存続を確保し、東ヨーロッパのキリスト教文明圏を防衛した。「ギリシャの火」の軍事的有効性を実証した。
参考文献
- テオファネス『年代記』
- ジョン・ハルドン『ビザンツの戦争』