概要

玄宗皇帝は即位後「開元の治」と称される善政を行い、唐は最盛期を迎えた。しかし晩年は楊貴妃に溺れて政治を怠り、755年にソグド系節度使・安禄山が反乱。長安・洛陽が陥落し、玄宗は蜀に逃亡。楊貴妃は馬嵬駅で処刑された。

歴史的背景

玄宗は前半期に名相・姚崇や宋璟を登用し改革を推進。しかし李林甫・楊国忠の専横と辺境節度使への過度な権限委譲が破綻を招いた。安禄山は范陽・平盧・河東三節度使を兼任していた。

地形・地理的特徴

長安は人口100万を超え世界最大の都市として繁栄。しかし安史の乱では洛陽・長安が相次いで陥落し、華北一帯が戦場と化した。叛軍は河北の范陽から南下し中原を席巻。

歴史的重要性

唐の分水嶺。安史の乱以降、中央の地方統制が弱体化し藩鎮割拠の時代に入った。均田制・府兵制は崩壊し、両税法への転換を余儀なくされた。中国史上の大転換点。

参考文献

  • 『旧唐書』玄宗紀
  • 『長恨歌』白居易