概要

ウマイヤ朝の将軍ムハンマド・ビン・カーシムがシンド地方を征服した。当時17歳のカーシムは6千人の軍を率いてデーバルを攻略、シンドのヒンドゥー王ダーヒルを戦死させた。シンドとパンジャーブ南部がイスラム支配下に入り、南アジアにおけるイスラム支配の最初の恒久的拠点となった。

歴史的背景

アラブ商船の海賊被害への報復が名目的な理由。ウマイヤ朝のハッジャージュ総督がイラクから派兵を決定。シンドは当時、内部対立で弱体化しており、仏教徒やカースト下位層の一部がアラブ軍に協力した。

地形・地理的特徴

インダス川下流域のシンド地方は乾燥した平野部で、アラビア海に面した港湾都市デーバルが入口となった。インダス川の水運がアラブ軍の兵站を支え、内陸部への進軍を可能にした。

歴史的重要性

南アジアにおけるイスラム支配の起点として歴史的に重要。ただし本格的なイスラム化はガズナ朝以降であり、シンド征服は地理的に限定された出来事であった。「バーブ・アル・イスラーム」(イスラムの門)としてイスラム史に記録されている。

参考文献

  • André Wink, Al-Hind: The Making of the Indo-Islamic World, Vol.1, 1990
  • Derryl MacLean, Religion and Society in Arab Sind, 1989