概要

高句麗の遺将・大祚栄が靺鞨族とともに東牟山に建国。当初「震国」と称し、後に「渤海」に改称した。中国から「海東の盛国」と称されるまでに発展し、日本とも活発に交流(渤海使34回、遣渤海使15回)。926年に契丹(遼)により滅亡した。

歴史的背景

高句麗滅亡後、唐の支配に対する高句麗遺民と靺鞨族の反乱(営州の乱696年)を機に、大祚栄が東方に逃れて独立政権を樹立した。唐は追討軍を送ったが失敗し、後にこれを冊封した。

地形・地理的特徴

長白山(白頭山)の東麓、牡丹江上流域の山間盆地。周囲を高い山々に囲まれた地形は建国初期の防衛に有利であった。後に上京龍泉府(現在の黒龍江省寧安市付近)に遷都し、松花江流域の広大な平原を支配した。

歴史的重要性

高句麗の後継国家として「南北国時代」を形成(南の新羅、北の渤海)。5京15府62州の地方制度を整備し、高句麗文化を継承発展させた。渤海の帰属をめぐる韓国・中国・ロシア間の歴史論争は現在も続いている。

参考文献

  • 旧唐書
  • 新唐書
  • 三国史記