概要
唐高宗の皇后・武則天が中国史上唯一の女帝として即位し、国号を周と改めた。科挙を拡充して寒門出身者を登用し、門閥貴族の勢力を抑制。密告政治で反対派を粛清する一方、対外的には安定した統治を実現。
歴史的背景
武則天は高宗の皇后として政治に関与し、高宗の晩年には実権を掌握。690年に自ら皇帝を称した。これは儒教的秩序を根本から覆す行為であり、激しい反対があった。
地形・地理的特徴
武后は長安ではなく洛陽(神都と改称)を都とした。洛陽は関隴集団の勢力が弱く、武后の権力基盤を強化しやすい立地だった。大運河の結節点として経済的にも有利。
歴史的重要性
中国史上唯一の女帝として男性中心の政治構造に風穴を開けた。科挙制度の拡充により実力主義的官僚登用が進展し、唐後半期の政治体制の基盤を形成。
参考文献
- 『旧唐書』則天皇后紀
- 『資治通鑑』