概要

預言者ムハンマドの孫フサイン・イブン・アリーが、ウマイヤ朝カリフ・ヤズィード1世に対する反抗の途上、カルバラーで包囲された。わずか72人の一行がウマイヤ朝軍約4,000人に対して戦い、フサインを含む大半が殺害された。フサインの首はダマスカスに送られた。

歴史的背景

アリーの暗殺後、ウマイヤ朝がカリフ位を世襲化。クーファの住民がフサインを招いたが、到着前にウマイヤ朝軍が介入し、クーファの住民は支援を撤回した。

地形・地理的特徴

カルバラーはメソポタミア中部のユーフラテス川西方の砂漠地帯に位置する。フサイン一行はユーフラテス川への接近をウマイヤ朝軍に阻まれ、水を断たれた状態で戦闘を強いられた。

歴史的重要性

カルバラーの悲劇はシーア派イスラムの核心的な精神的経験であり、毎年アーシューラーの日に追悼儀式が行われる。スンナ派とシーア派の分裂を決定的にし、イスラム世界の政治・宗教地図を規定し続けている。

参考文献

  • Al-Tabari, History of the Prophets and Kings
  • The Shrine of Imam Husayn