概要

唐の太宗李世民は自ら15万の軍を率いて高句麗に親征。遼東城・白岩城を陥落させたが、安市城の城主(名は不詳)の頑強な抵抗に遭い88日間の攻城戦の末に撤退を余儀なくされた。太宗は撤退時に安市城主の勇敢さを称えて絹を贈ったと伝わる。

歴史的背景

唐の太宗は隋の失敗を教訓に、精鋭部隊による短期決戦を目指した。しかし高句麗の山城防衛戦術の前に計画は頓挫。淵蓋蘇文率いる高句麗の中央軍は安市城の後方で牽制活動を展開した。

地形・地理的特徴

安市城は鴨緑江と遼東の間に位置する山城で、急峻な崖と城壁を組み合わせた難攻不落の要塞。唐軍は土山を築いて城壁を越えようとしたが、防衛側の地の利を克服できなかった。冬の到来による寒波が攻城を断念させた。

歴史的重要性

中国史上最高の名君とされる唐太宗の数少ない軍事的挫折。高句麗の山城防御体系の有効性を証明した。安市城主は韓国では英雄として称えられ、多くの創作の題材となっている。

参考文献

  • 三国史記
  • 旧唐書
  • 資治通鑑