概要
インダス文明のもう一つの主要都市。1920年代にジョン・マーシャルらにより本格的に発掘され、インダス文明の存在が世界に知られるきっかけとなった。城塞部と下町に分かれ、統一規格の焼成レンガ、標準化された度量衡、印章が出土。墓地Hとされる後期の遺構からは文明衰退期の様相が読み取れる。
歴史的背景
紀元前7000年頃のメヘルガル遺跡に遡る南アジアの農耕文化が発展し、紀元前3000年紀に都市化が進んだ。パンジャーブ地方はインダス川水系の複数の河川が合流する地域であり、農業生産力と交易の利便性が都市成長を促した。
地形・地理的特徴
ラーヴィー川沿いのパンジャーブ平原に位置し、五河地方(パンジャーブ)の豊かな水資源と肥沃な土壌が農業基盤を提供。内陸交易路の結節点として、アフガニスタン方面からの鉱物資源と沿岸部の海産物を結ぶ要衝であった。
歴史的重要性
インダス文明発見の契機となった遺跡であり、文明研究の出発点。統一された度量衡や文字体系は広域にわたる政治的・経済的統合を示唆し、古代南アジアの国家形成過程を理解する上で不可欠な遺跡である。
参考文献
- Mortimer Wheeler, The Indus Civilization, 1968
- Jonathan Mark Kenoyer, Ancient Cities of the Indus Valley Civilization, 1998