概要
聖徳太子の子・山背大兄王が蘇我入鹿の軍勢に攻められ、斑鳩寺(法隆寺)で一族もろとも自害。上宮王家は断絶した。入鹿は皇位継承への影響力を強めるため、有力な皇位候補者を排除した。
歴史的背景
蘇我入鹿は舒明天皇崩御後の皇位継承に介入し、自らに都合のよい天皇を擁立しようとした。最大の障害であった山背大兄王一族の排除は、入鹿の専横の極みであった。
地形・地理的特徴
斑鳩宮および生駒山。蘇我入鹿の軍勢に攻められた山背大兄王は斑鳩宮から生駒山に逃れたが、戦いを避けて斑鳩寺に戻り、一族とともに自害した。
歴史的重要性
聖徳太子の血統の断絶は古代史上の悲劇として語られる。この事件は乙巳の変の直接的な引き金となり、蘇我氏打倒の正当性を与えた。
参考文献
- 『日本書紀』皇極天皇紀