概要
ハーリド・イブン・アル・ワリード率いるアラブ・ムスリム軍(約2-4万)がビザンツ帝国のヘラクレイオス帝の大軍(推定4-15万)を壊滅的に撃破した。6日間の激戦の末、砂嵐と巧みな機動戦術でビザンツ軍を包囲・殲滅した。この勝利によりシリア全域がイスラムの支配下に入った。
歴史的背景
ムハンマド死後の正統カリフ時代、アブー・バクルとウマルの指導下でアラブ軍はビザンツとササン朝の両帝国に同時に攻勢をかけた。ビザンツ・ササン朝間の長期戦争で両国は疲弊していた。
地形・地理的特徴
ヤルムーク川はゴラン高原の南、現在のシリア・ヨルダン・イスラエル国境付近を流れる。深い渓谷に挟まれた平原での戦闘で、退却路を断たれたビザンツ軍は渓谷に追い落とされた。
歴史的重要性
ヤルムークの戦いはイスラムの軍事的台頭を決定づけ、ビザンツ帝国のシリア・パレスチナ喪失は恒久的なものとなった。レヴァント地方のアラブ・イスラム化の出発点であった。
参考文献
- Al-Tabari, History of the Prophets and Kings
- The Great Arab Conquests (H. Kennedy)