概要
メッカのクライシュ族による迫害を受けたムハンマドと信者たちは、622年にメディナに移住した。この「ヒジュラ」はイスラム暦の元年となった。メディナでムハンマドは「メディナ憲章」を制定し、ムスリム・ユダヤ教徒・多神教徒の共存規範を定めた。政治的・軍事的指導者としてイスラム国家の基盤を築いた。
歴史的背景
メディナのアウス族とハズラジュ族の部族間対立の調停者としてムハンマドが招かれた。メッカでは暗殺計画が進行しており、ムハンマドは信者を先に送り出した後、アブー・バクルとともにメディナに逃れた。
地形・地理的特徴
メディナ(旧ヤスリブ)はヒジャーズ地方のオアシス都市で、メッカの北約340kmに位置する。溶岩台地に囲まれた肥沃なオアシスで、ナツメヤシの栽培と農業が盛ん。複数の部族が共存する多元的社会であった。
歴史的重要性
ヒジュラはイスラム共同体の政治的自立の始まりであり、宗教運動から国家形成への転換点。イスラム暦の起点として全イスラム世界の時間意識の基準となった。
参考文献
- Ibn Ishaq, Sirat Rasul Allah
- The Constitution of Medina (M. Lecker)