概要
北魏の文成帝の命を受けた僧・曇曜が武周山の断崖に石窟寺院の造営を開始。曇曜五窟と呼ばれる初期窟には北魏5代の皇帝を模した大仏が安置された。全53窟、5万1千体以上の仏像を有する。
歴史的背景
北魏の太武帝による廃仏(三武一宗の法難の第一)の後、文成帝が仏教を復興。鳩摩羅什以来の仏教翻訳事業と西域僧の来朝により、ガンダーラ・グプタ様式が中国に流入した。
地形・地理的特徴
雲岡は大同市西方の武周山南麓の砂岩断崖に位置する。砂岩は加工しやすく大規模な石窟造営に適していた。北魏の都・平城(大同)に近接し、皇室の庇護を受けやすい立地。
歴史的重要性
中国三大石窟の一つ。インド・中央アジアの仏教美術が中国化する過程を示す重要な遺跡。2001年ユネスコ世界文化遺産。後の龍門石窟・敦煌莫高窟に影響を与えた。
参考文献
- 『魏書』釈老志
- 雲岡石窟研究院