概要
西ゴート王アラリック1世がローマを3日間略奪した。紀元前390年のガリア人の侵入以来、約800年ぶりの「永遠の都」の陥落。教会と聖域への攻撃は比較的制限されたが、宮殿や富裕層の邸宅は徹底的に略奪された。皇帝ホノリウスはラヴェンナに避難中で救援を送らなかった。
歴史的背景
アラリックは元々ローマ帝国の同盟者(フォエデラティ)としてゴート族を率いていたが、約束された定住地と報酬が履行されず、イタリアへの侵入を繰り返した。3度のローマ包囲の末に略奪に至った。
地形・地理的特徴
ローマは城壁(アウレリアヌス城壁、全長19km)で防御されていたが、長期包囲による飢餓で都市機能が崩壊。テヴェレ川の水運が断たれ、食糧供給が途絶えたことが陥落の主因。内通者がサラリア門を開けたとされる。
歴史的重要性
ローマの不滅性への信仰を粉砕し、帝国崩壊の象徴的事件となった。アウグスティヌスが『神の国』を執筆する直接的動機となり、キリスト教歴史観に深い影響を与えた。西ローマ帝国の最終的崩壊を加速させた。
参考文献
- プロコピウス『戦史』
- アウグスティヌス『神の国』