概要
テオドシウス1世の死により、長男アルカディウスが東を、次男ホノリウスが西を統治する体制が確立した。これ以前にもディオクレティアヌスの四帝統治など分割統治は行われたが、395年以降は事実上恒久的な分裂となった。西方は蛮族の侵入に苦しみ、東方は1000年以上存続した。
歴史的背景
3世紀の危機以降、帝国の東西格差は拡大。東方はヘレニズム以来の都市文明と商業的繁栄を維持したのに対し、西方は経済的衰退と蛮族の圧力に直面していた。テオドシウスは最後の統一帝国皇帝となった。
地形・地理的特徴
テオドシウス1世の死後、帝国はコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国(アルカディウス)とラヴェンナを実質的首都とする西ローマ帝国(ホノリウス)に分裂した。ボスポラス海峡に面するコンスタンティノープルは三方を海に囲まれた天然の要塞で、東方帝国の存続を可能にした。
歴史的重要性
ヨーロッパ史の根本的な分水嶺。西方はゲルマン諸王国に分裂し中世ヨーロッパの基盤となり、東方はビザンツ帝国として1453年まで存続。カトリックと正教の分裂、西欧とバルカン・ロシアの文化的分岐の起点。
参考文献
- ゾシモス『新しい歴史』
- ピーター・ヒーザー『ローマ帝国の崩壊』