概要
コンスタンティヌス1世が召集した最初の全地公会議で、約300人の主教が参加。アリウス派(キリストは被造物)対アタナシウス派(キリストは神と同質)の論争を裁定し、ニケーア信条を採択してキリストの神性を確認した。復活祭の日付統一や教会組織の規定も行われた。
歴史的背景
コンスタンティヌスのキリスト教公認(313年ミラノ勅令)後、教義論争が帝国の統一を脅かした。アレクサンドリアのアリウスの主張が東方教会を二分し、皇帝の介入を招いた。
地形・地理的特徴
ニケーア(現イズニク)はアナトリア北西部のアスカニア湖畔に位置する。コンスタンティノープルに近い便利な位置であり、皇帝の別荘が会議場として使用された。
歴史的重要性
ニケーア公会議はキリスト教の正統教義を確定した画期的事件であり、以後の三位一体論の基礎を築いた。教会と国家の関係の原型も確立された。
参考文献
- Eusebius, Life of Constantine
- The Council of Nicaea (R.P.C. Hanson)