概要
コンスタンティヌス帝とリキニウス帝がミラノで会見し、帝国内の全宗教に信仰の自由を保障する勅令を発布。キリスト教迫害の終結を宣言し、没収されたキリスト教会の財産返還を命じた。これによりキリスト教は合法的な宗教として公的に認められた。
歴史的背景
ディオクレティアヌス帝による大迫害(303-311年)でキリスト教徒は厳しい弾圧を受けたが、ガレリウスが311年に寛容令を出して迫害を終了していた。312年のミルウィウス橋の戦いでコンスタンティヌスが勝利し、キリスト教の神に勝利を帰したとされる。
地形・地理的特徴
ミラノ(メディオラヌム)は北イタリアのポー平野に位置し、帝国後期にはローマに代わる西方の政治的中心地となっていた。アルプス越えの交通の要衝であり、ガリアやゲルマニアへの軍事的対応に適した立地にあった。
歴史的重要性
キリスト教がローマ帝国の公認宗教となる決定的な転換点。380年のテオドシウス帝による国教化への道を開き、ヨーロッパのキリスト教文明の基盤を形成した。政教関係の歴史における最も重要な出来事の一つ。
参考文献
- エウセビオス『教会史』
- ラクタンティウス『迫害者たちの死について』