概要
古典期マヤ最大の都市国家の一つ。最盛期の人口は推定6万〜10万人。神殿ピラミッド群は最高70m(第4号神殿)に達し、ジャングルの樹冠を超えてそびえる。「シヤフ・カアン」(偉大なるジャガーの爪)王朝をはじめとする歴代の王たちの石碑が多数残り、マヤ文字の解読に大きく貢献した。378年にはテオティワカンの「入城」事件が記録されている。
歴史的背景
先古典期後期から発展が始まり、エル・ミラドールの衰退とともにペテン地方の覇権を握った。ティカルとカラクムルの対立はマヤ古典期の政治史を規定する二極構造であった。テオティワカンとの交流(あるいは介入)が378年の政変をもたらし、新王朝が成立した。
地形・地理的特徴
グアテマラ北部ペテン低地の熱帯雨林内に位置する。石灰岩台地の上に建設され、水利が乏しいため人工貯水池(アギャダ)を多数建設した。周囲の密林が防壁の役割を果たすとともに、森林資源(木材、樹脂、野生動物)を提供した。低地のため洪水の心配が少なく、石灰岩は建築資材として利用された。
歴史的重要性
マヤ文明の政治・文化の中心地として、古典期マヤの芸術・建築・文字文化の最高到達点を示す。ティカルの碑文はマヤ文字解読の鍵となり、マヤ政治史の再構成を可能にした。1979年にユネスコ世界遺産に登録。
参考文献
- Martin & Grube, Chronicle of the Maya Kings and Queens
- Coe, The Maya