概要

184年、張角が率いる太平道の信者が「蒼天已に死す、黄天当に立つべし」のスローガンのもと大規模反乱を起こした。黄色い頭巾を目印としたため黄巾の乱と呼ばれる。全国36の方から数十万人が一斉蜂起。朝廷は各地の豪族に鎮圧を委ね、曹操・劉備・孫堅ら群雄が台頭する契機となった。張角は蜂起直後に病死。

歴史的背景

後漢末期は宦官と外戚の抗争(党錮の禁)で政治が腐敗し、天災と疫病が頻発していた。太平道は道教の一派で、護符と呪水による病気治療で貧民の支持を集めた。張角は甲子の年(184年)に蜂起を計画。

地形・地理的特徴

黄河流域を中心に華北一帯で同時蜂起。太平道の組織は各地の「方」に分かれており、36の方が一斉に挙兵するという大規模な計画であった。

歴史的重要性

後漢の実質的な崩壊を引き起こし、三国時代への幕開けとなった。宗教的組織による大規模反乱のモデルであり、以後の五斗米道、太平天国などの前例となった。

参考文献

  • 『後漢書』皇甫嵩伝
  • 『三国志』