概要
オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)の艦隊が、マルクス・アントニウスとクレオパトラの連合艦隊をアクティウム沖で撃破。クレオパトラが旗艦とともに戦場を離脱し、アントニウスもこれを追った。この敗北により二人はエジプトに退却し、翌年相次いで自殺した。
歴史的背景
ローマの内戦がオクタウィアヌスとアントニウスの二極対立に収斂し、地中海世界の覇権を懸けた決戦が不可避となった。アントニウスがクレオパトラと結びエジプトに拠点を移したことが、ローマ市民の反感を招いた。
地形・地理的特徴
アクティウムはギリシャ西岸のアンブラキア湾の入口に位置する岬。狭い湾口が大規模な海軍の展開を制限し、湾内に閉じ込められたアントニウス・クレオパトラ連合艦隊の機動を妨げた。オクタウィアヌスの軽量ガレー船はこの狭い海域で有利に戦った。
歴史的重要性
古代世界の運命を決定づけた海戦。オクタウィアヌスの勝利によりローマ共和政は事実上終焉し、帝政(プリンキパトゥス)が始まった。エジプトのローマ属州化により、3000年の独立した文明としてのエジプトが終焉。地中海がローマの内海となる過程の最終段階。
参考文献
- Sheppard, S., 'Actium 31 BC'
- Gurval, R.A., 'Actium and Augustus'