概要
董仲舒が武帝に「罷黜百家、独尊儒術」(百家を退け儒学のみを尊ぶ)を建議。天人感応説(天が皇帝の徳に応じて災異を示す)を唱え、儒教を帝国の統治イデオロギーに格上げ。五経博士が設置された。
歴史的背景
前漢初期の黄老思想から武帝の積極政策への転換に合わせ、国家統合のイデオロギーが必要とされた。董仲舒は春秋公羊学を基盤に、陰陽五行説を取り込んだ体系的儒学を構築。
地形・地理的特徴
長安の宮廷で武帝に対策を進言。太学(国立大学)が長安に設立され、儒教が官僚養成の基本教養となった。
歴史的重要性
以後2000年以上にわたる儒教国家体制の出発点。科挙制度の基盤となり、中国・朝鮮・日本・ベトナムの知識人教育を規定。百家争鳴の多元性は失われた。
参考文献
- 『漢書』董仲舒伝
- 『春秋繁露』