概要
紀元前138年、武帝は大月氏と同盟して匈奴を挟撃する目的で張騫を西域に派遣。張騫は匈奴に捕らえられ10年間抑留された後、脱出して大月氏に到達したが同盟は実現しなかった。しかし13年後に帰還した張騫がもたらした西域の情報は、シルクロード交易の開拓につながった。第二次派遣(前119年)では烏孫との同盟を推進。
歴史的背景
匈奴は大月氏を西方に追いやっており、武帝は大月氏と連携して匈奴を挟撃する戦略を構想した。張騫の旅は当初の軍事目的は達成できなかったが、中央アジアの地理・民族・物産に関する貴重な情報をもたらした。
地形・地理的特徴
張騫は長安から河西回廊を経て、天山山脈・パミール高原を越えてフェルガナ盆地・ソグディアナに至った。ゴビ砂漠・タクラマカン砂漠を越える過酷な旅であった。
歴史的重要性
東西文明交流の大動脈「シルクロード」の開拓者として世界史上の重要人物。張騫がもたらした情報により漢は西域に進出し、中国とローマ帝国を結ぶ交易路が本格的に開通した。
参考文献
- 『史記』大宛列伝
- 『漢書』張騫伝