概要

ローマの元老院議員カトーの「カルタゴは滅ぼされるべし」の繰り返し主張により、第三次ポエニ戦争が開始された。3年間の包囲戦の末、スキピオ・アエミリアヌスがカルタゴを陥落させた。住民約50万のうち生存者は奴隷として売られ、都市は徹底的に破壊された。伝承では土地に塩が撒かれ二度と繁栄しないよう呪われたとされる。

歴史的背景

第二次ポエニ戦争の敗北後、カルタゴは軍事力を大幅に制限されたが経済的には急速に回復。この回復がローマの恐怖と嫉妬を招いた。ヌミディア王マシニッサによる挑発行為にカルタゴが武力で応じたことが開戦の口実となった。

地形・地理的特徴

カルタゴはチュニス湾の半島上に築かれた堅固な城塞都市で、三重の城壁と二つの人工港(商業港と軍港)を有していた。海からの攻撃に対しては海軍と城壁で防御し、陸からは幅の狭い地峡部が天然のボトルネックとなっていた。3年間の包囲に耐えた防御力の高さを示す。

歴史的重要性

地中海における最大のライバルの消滅により、ローマは地中海世界の唯一の超大国となった。「カルタゴの和平」は完全な敵の殲滅を意味する言葉として後世に残った。北アフリカはローマの穀倉地帯として再編された。

参考文献

  • Goldsworthy, A., 'The Fall of Carthage'
  • Appian, 'The Punic Wars'