概要
紀元前230年から前221年にかけて、秦王政(のちの始皇帝)が韓・趙・魏・楚・燕・斉の六国を滅ぼし中国を統一。「皇帝」の称号を創始し、郡県制を施行して中央集権体制を確立。度量衡・文字・車軌の統一、馳道(国道)の建設、万里の長城の連結、兵馬俑の造営を行った。
歴史的背景
商鞅の変法以来の秦の国力増強と、戦国末期の他国の衰退が統一を可能にした。丞相李斯が法家思想に基づく統治制度の設計を主導。韓非子の法家思想が統治理念の基盤となった。
地形・地理的特徴
咸陽は渭水北岸に位置する秦の首都。関中盆地を本拠地とする秦は、函谷関を出て東方の六国を順次征服した。統一後の帝国は北は長城から南は嶺南に至る広大な領域を包含した。
歴史的重要性
中国史上初の統一帝国の樹立。以後2000年以上にわたる中華帝国の統一王朝モデルの原型。郡県制・統一文字・統一度量衡は中国文明の一体性を保証する基盤となった。
参考文献
- 『史記』秦始皇本紀
- 『戦国策』