概要
マウリヤ朝第3代アショーカ王がカリンガ国を征服した戦争。推定10万人が戦死、15万人が連行され、さらに多くが飢餓と疫病で死亡。この凄惨な結果にアショーカ王は深く後悔し、武力による征服を放棄してダルマ(法)による統治に転換した。仏教に帰依し、以後武力行使を行わなかった。
歴史的背景
アショーカ王は即位後の数年間で帝国の版図拡大を進めていた。カリンガ国は東海岸交易の要衝であり、その征服はマウリヤ帝国のインド亜大陸ほぼ全域の支配を完成させるために不可欠であった。
地形・地理的特徴
カリンガ国(現オディシャ州)は東ガーツ山脈とベンガル湾に挟まれた地域。マハーナディ川流域の平野部が戦場となった。東海岸の交易ルートを支配する戦略的要地であり、マウリヤ帝国にとって最後の独立勢力であった。
歴史的重要性
古代世界において征服者が武力の放棄を宣言し平和主義に転じた極めて稀な事例。アショーカ王のダルマ政策はインド全土に仏教を普及させ、スリランカ・東南アジアへの伝播の契機となった。現代インド国章のアショーカ王柱はこの転換を象徴する。
参考文献
- Charles Allen, Ashoka: The Search for India's Lost Emperor, 2012
- Nayanjot Lahiri, Ashoka in Ancient India, 2015