概要
シリア内戦、アフガニスタン、アフリカの紛争から約100万人以上がヨーロッパに流入した。トルコからゴムボートでエーゲ海を渡り、ギリシャ経由でバルカン半島を北上しドイツを目指す人々の波がヨーロッパを揺るがした。メルケル首相の「我々はやれる(Wir schaffen das)」宣言が象徴的であった。
歴史的背景
シリア内戦の激化、ISISの台頭、リビアの崩壊国家化が大量の難民を発生させた。トルコのキャンプに約350万人のシリア難民が滞留していたが、ヨーロッパへの移動が急増した。3歳のアラン・クルディの溺死写真が世界的な衝撃を与えた。
地形・地理的特徴
エーゲ海のトルコからギリシャの島嶼部(レスボス島、コス島等)への海上ルートと、バルカン半島を北上するルートが主要な移動経路であった。地中海のリビアからイタリアへのルートでも多くの難民が溺死した。
歴史的重要性
EU内の連帯と国境管理をめぐる深刻な分裂を引き起こした。ハンガリーのオルバン政権のフェンス建設や、EU内の難民割当制度への東欧の抵抗が対立を深めた。極右政党の台頭(AfD、国民連合等)とブレグジットの一因ともなった。
参考文献
- パトリック・キングスレー『新しいオデッセイ ヨーロッパの難民危機の物語』