概要

2010年1月12日午後4時53分(現地時間)、マグニチュード7.0の地震がハイチ首都ポルトープランス近郊を直撃した。震源の深さはわずか約13キロメートルで、直下型の浅い地震が人口密集地を壊滅させた。推定22万人以上が死亡、30万人が負傷、150万人以上が家を失った。大統領府、国会議事堂、国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)本部を含む多くの建物が倒壊。UNMINUSTAHのヘディ・アナビ代表ら101名の国連職員も犠牲となった。

歴史的背景

ハイチは西半球最貧国であり、フランス植民地時代の搾取、独立後の対仏賠償金、米国による軍事占領(1915-34年)、デュバリエ父子の独裁(1957-86年)により国家機構が極度に脆弱化していた。建築基準法の不在と違法建築の横行、森林伐採による土壌流出が地震被害を増幅させた。2004年以降は国連PKOが治安維持を担っており、国家の統治能力は限定的であった。

地形・地理的特徴

ポルトープランスはイスパニョーラ島西部のゴナーヴ湾に面した首都で、背後に急峻な山地が迫る狭い沿岸平野に密集している。カリブ・プレートと北米プレートの境界に位置し、エンリキージョ断層帯が走る地震多発地帯である。山腹に無秩序に広がるスラム(ビドンビル)は脆弱なコンクリートブロック造りの建物が密集し、地震に対して極めて脆弱な都市構造であった。

歴史的重要性

21世紀最悪の自然災害の一つとなり、国際社会の大規模な人道支援が展開された。しかし復興過程での援助の非効率性、国連PKO部隊によるコレラ菌持ち込み(約1万人死亡)が国際援助体制の根本的問題を露呈させた。「災害と開発」「援助のパラドックス」に関する国際的議論を喚起し、人道支援のあり方の再考を促した。

参考文献

  • Jonathan Katz, 'The Big Truck That Went By'
  • USGS Earthquake Hazards Program