概要
2005年の議会選挙の不正に抗議する民衆運動がアカエフ大統領の退陣を招いた。グルジアの「バラ革命」(2003年)、ウクライナの「オレンジ革命」(2004年)に続く「カラー革命」の一つ。バキエフが後任大統領に就任したが、2010年に再び革命が起きバキエフも追放された。
歴史的背景
アカエフ大統領は中央アジアで最もリベラルな指導者とされたが、次第に権威主義化し家族への利益誘導が批判された。2005年の選挙では野党候補の立候補が阻止され、南部で抗議運動が拡大した。
地形・地理的特徴
首都ビシュケクは天山山脈北麓のチュイ渓谷に位置。南部のオシュ・ジャラルアバードから始まった抗議運動が首都に波及し、ホワイトハウス(大統領府)が占拠された。
歴史的重要性
中央アジアで唯一、平和的な政権交代が実現した事例(2度)。ただし民主化の定着には課題が多く、民族対立(2010年のオシュ暴動)や政治的不安定が続いている。権威主義体制が支配的な中央アジアにおける民主化の可能性と限界を示す。
参考文献
- Scott Radnitz, Weapons of the Wealthy: Predatory Regimes and Elite-Led Protests in Central Asia, 2010
- John Anderson, Kyrgyzstan: Central Asia's Island of Democracy?, 1999