概要
2003年1月1日、労働者党(PT)のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバが大統領に就任。小学校中退の元金属労働者から大統領へという経歴は「ブラジリアン・ドリーム」と呼ばれた。ボルサ・ファミリア(条件付き現金給付プログラム)で約5000万人を貧困から救い出し、フォメ・ゼロ(飢餓ゼロ)計画を推進。任期中にBRICsの一角としてブラジルの国際的地位を大幅に向上させた。2016年のリオ五輪招致にも成功。しかし2017年に汚職(ラヴァ・ジャット作戦)で有罪判決を受け収監(後に無効化)。2022年に再選を果たした。
歴史的背景
1990年代のブラジルはカルドーゾ政権のレアル・プラン(1994年)によるインフレ安定化に成功したが、社会格差は依然として深刻であった。ルーラは1980年代にサンパウロの金属労働者ストライキを指導し、PT(労働者党)を結成。3度の大統領選敗北の後、2002年に穏健化した経済政策を掲げて当選した。「ルーラ書簡」で金融市場の不安を鎮め、マクロ経済の安定と社会政策の両立を目指した。
地形・地理的特徴
ブラジリアの連邦議会でルーラは就任したが、彼の政治的基盤はサンパウロ都市圏のABC工業地帯(サント・アンドレ、サン・ベルナルド・ド・カンポ、サン・カエタノ・ド・スル)にあった。自動車産業が集中するこの地域で1970年代後半の労働運動を率い台頭した。北東部セルトン(半乾燥地帯)出身のルーラの人生は、北東部農村の貧困から南東部都市の工業プロレタリアートへの大量移住というブラジルの社会構造を体現している。
歴史的重要性
条件付き現金給付プログラムのモデルとして世界銀行も評価し、世界各国で類似の政策が導入された。ブラジルの中間層拡大と消費社会の形成に貢献し、2000年代のブラジル経済の黄金期を演出した。しかしラヴァ・ジャット汚職事件はブラジル政治全体への信頼を損ない、ボルソナロ政権誕生の遠因となった。南南協力やBRICSを通じたグローバル・サウスの連帯を推進した。
参考文献
- Richard Bourne, 'Lula of Brazil'
- Perry Anderson, 'Lula's Brazil'