概要
1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3(Mj)の直下型地震が発生した。神戸市を中心に震度7を記録し、阪神高速道路の倒壊、建造物の大規模崩壊、長田区の大火災が発生した。死者6,434人、負傷者約43,000人、全壊家屋約10万5,000棟。早朝の就寝中に発生したため、建物倒壊による圧死が犠牲者の約8割を占めた。
歴史的背景
神戸は明治以降の近代的港湾都市として発展し、戦災復興後の急速な都市化により耐震性の低い木造建築が密集する地域が広がっていた。1981年の新耐震基準以前に建設された建物が多く、旧耐震基準の建造物の被害が顕著であった。活断層直上の直下型地震に対する備えは不十分で、都市防災の盲点を突かれた形となった。
地形・地理的特徴
震源は淡路島北部の活断層(野島断層)で、六甲山地の南縁に沿って伸びる活断層帯が破壊された。神戸市街地は六甲山地と大阪湾に挟まれた狭い沿岸低地に発展しており、軟弱な沖積地盤と埋立地が地震動を増幅した。ポートアイランドや六甲アイランドでは大規模な液状化現象が発生し、長田区など木造密集市街地で延焼火災が広がった。
歴史的重要性
日本の災害対応制度を根本的に変えた。ボランティア元年と呼ばれ、約137万人のボランティアが被災地に駆けつけ、1998年のNPO法制定の契機となった。建築基準法の強化、緊急消防援助隊の創設、災害対策基本法の改正など制度面の改革が進んだ。「創造的復興」の理念が提唱され、後の災害復興のモデルとなった。
参考文献
- Samuels, Richard J.『3.11: Disaster and Change in Japan』
- 『阪神・淡路大震災教訓情報資料集』内閣府