概要

1989年12月29日に日経平均株価が38,915円の史上最高値を記録した後、1990年から株価と地価が急落しバブル経済が崩壊した。日銀の金融引き締め(公定歩合の引き上げ)と大蔵省の総量規制が引き金となった。不良債権問題が深刻化し、1997年には北海道拓殖銀行・山一證券の破綻に至った。「失われた10年」(のち「失われた30年」)と呼ばれるデフレ経済が長期化した。

歴史的背景

1985年のプラザ合意後の円高不況に対応した低金利政策と金融自由化が、土地・株式への投機を加速させた。企業は財テクに走り、銀行は土地担保融資を膨張させた。「土地神話」(地価は下がらないという信念)が投機を正当化した。

地形・地理的特徴

東京の地価は1980年代後半に異常な高騰を見せ、山手線の内側の地価でアメリカ全土が買えるとまで言われた。銀座・丸の内の商業地が投機の中心であり、全国のリゾート地でも開発バブルが膨張した。

歴史的重要性

日本経済の構造的転換点となり、高度経済成長期からの「日本型経営」モデルの限界を露呈させた。長期デフレ、少子高齢化と相まって日本の相対的な経済的地位が低下した。バブル崩壊の教訓は世界の金融政策に影響を与え続けている。

参考文献

  • 『バブルの物語』野口悠紀雄
  • 『金融敗戦』吉川洋