概要

1990年8月2日にサダム・フセインのイラクがクウェートに侵攻・併合。国連安保理は武力行使容認決議678号を採択し、アメリカ主導の多国籍軍(34カ国)が編成された。1991年1月17日に「砂漠の嵐」作戦が開始され、38日間の空爆と100時間の地上戦でイラク軍をクウェートから駆逐した。ノーマン・シュワルツコフ将軍が多国籍軍を指揮。精密誘導兵器が初めて大規模に使用された。

歴史的背景

イラン・イラク戦争(1980-88年)で疲弊したイラクは巨額の対外債務を抱え、クウェートの石油増産がイラクの財政を圧迫していた。フセインはクウェートを「歴史的にイラクの一部」と主張し、アラブ諸国間の調停が失敗した後に侵攻に踏み切った。冷戦終結後の「新世界秩序」を示す最初のテストケースとなった。

地形・地理的特徴

ペルシャ湾岸の砂漠地帯で展開された戦争。クウェートは平坦な砂漠と沿岸部からなる小国で、世界有数の油田地帯に位置する。イラクからの侵攻ルートは南部の砂漠を通り、地形的に防御が困難であった。多国籍軍はサウジアラビアの砂漠地帯に集結し、「左フック」作戦でイラク軍の側面を突いた。

歴史的重要性

冷戦後初の大規模国際軍事作戦であり、国連安保理の集団安全保障が機能した数少ない事例。ブッシュ大統領が掲げた「新世界秩序」の具体化と見なされた。中東における米軍の恒常的駐留は、後のアルカイダによる反米テロの動機の一つとなった。

参考文献

  • Freedman & Karsh, The Gulf Conflict 1990-1991
  • Atkinson, Crusade