概要

アレクサンドロス大王がダレイオス3世率いるペルシャ軍を撃破した会戦。アレクサンドロスは右翼のヘタイロイ騎兵を自ら率いてダレイオスの本陣に突撃。ダレイオスは戦車を捨てて逃走し、ペルシャ王の母・妻・子供が捕虜となった。マケドニア軍約4万がペルシャ軍約10万を破った。

歴史的背景

紀元前334年にヘレスポントスを渡って東征を開始したアレクサンドロスは、グラニコス川の戦いでペルシャの前衛を破り、小アジア西部を制圧。ダレイオス3世が自ら大軍を率いて迎撃に向かい、アレクサンドロスの背後に回り込む形で対峙した。

地形・地理的特徴

地中海沿岸のイッソス平野は、アマヌス山脈と海に挟まれた狭隘な地形で、ペルシャ軍の圧倒的な数的優位を制約した。ピナロス川が両軍の間を流れ、天然の防御線となった。狭い戦場はマケドニアの重装歩兵ファランクスに有利に作用した。

歴史的重要性

ペルシャ帝国の軍事的威信を決定的に損ない、アレクサンドロスのエジプト・メソポタミア進出への道を開いた。ナポリ国立考古学博物館の「アレクサンドロス・モザイク」にこの戦いが描かれている。

参考文献

  • アッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』
  • プルタルコス『アレクサンドロス伝』