概要

1989年12月20日、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の命令により約27,000名の米軍がパナマに侵攻し、マヌエル・ノリエガ将軍の独裁政権を打倒した。「ジャスト・コーズ(正義の大義)作戦」と命名されたこの軍事行動は、冷戦後最初の米国の大規模軍事介入であった。ノリエガはバチカン大使館に逃げ込んだが、米軍が大音量でロック音楽を流し続けた末に1月3日に投降。麻薬密売の罪で米国に移送され裁判にかけられた。パナマ側の民間人死者数は数百から数千と推計が大きく異なる。

歴史的背景

ノリエガは元CIA協力者であったが、麻薬取引への関与が明らかになり米国との関係が悪化した。1988年に米国の麻薬関連起訴を受けるも権力を維持。1989年5月の大統領選挙で野党候補ギジェルモ・エンダラの当選を無効化し、反対派を暴力的に弾圧した。12月に米軍将校がパナマ軍に射殺される事件が発生し、ブッシュ政権は軍事介入の口実を得た。冷戦の終結により米国のラテンアメリカ介入に対する国際的制約が緩和されていた。

地形・地理的特徴

パナマ地峡は北米と南米を結ぶ幅わずか約80キロメートルの陸橋であり、パナマ運河が大西洋と太平洋を連結する戦略的要衝に位置する。パナマシティは太平洋側のパナマ湾に面した首都で、米軍はパナマ運河地帯に複数の基地を保有していた。エル・チョリージョ地区(ノリエガの拠点周辺の貧困地区)は侵攻時の戦闘で大きな被害を受け、数千人が家を失った。

歴史的重要性

冷戦後の「新世界秩序」における米国の軍事介入の先例となった。しかしラテンアメリカ諸国はOASを通じて侵攻を強く非難し、国連総会も非難決議を採択。パナマ運河は1999年にパナマに完全返還された。ノリエガ事件は米国が冷戦中に支援した独裁者を冷戦後に排除するというパターンの典型例であり、介入主義の矛盾を露呈した。

参考文献

  • Kevin Buckley, 'Panama: The Whole Story'
  • John Lindsay-Poland, 'Emperors in the Jungle'