概要
1982年4月2日、アルゼンチン軍がフォークランド諸島(マルビナス諸島)を軍事占領。アルゼンチンのガルティエリ軍事政権は経済危機と国内不満から目を逸らすため領土問題を利用した。サッチャー英首相は即座に機動艦隊の派遣を決定。5月2日にアルゼンチン巡洋艦ヘネラル・ベルグラノが英原潜に撃沈され323名が死亡。6月14日にアルゼンチン軍が降伏し、74日間の戦争は英国の勝利に終わった。アルゼンチン側649名、英国側255名が戦死した。
歴史的背景
フォークランド諸島の領有権はスペイン植民地時代に遡る紛争であり、1833年に英国が実効支配を確立して以来アルゼンチンは主権を主張し続けていた。1982年当時、アルゼンチン軍事政権は「汚い戦争」への批判と深刻な経済危機に直面しており、ガルティエリ大統領は愛国心を煽ることで政権の延命を図った。英国側でも国防予算削減が進んでおり、アルゼンチンは英国の軍事対応能力を過小評価していた。
地形・地理的特徴
フォークランド諸島はアルゼンチン本土から約500キロメートル沖の南大西洋に位置する。二つの主要島(東フォークランドと西フォークランド)と数百の小島からなり、荒涼とした草原と泥炭地が広がる。強風と厳しい気候が軍事作戦を困難にし、英国は本国から約13,000キロメートルの遠征を強いられた。グースグリーンやスタンリー(プエルト・アルヘンティーノ)周辺の起伏ある地形が陸上戦闘の舞台となった。
歴史的重要性
アルゼンチンでは敗戦が軍事政権崩壊を決定的にし、1983年の民主化につながった。英国ではサッチャー首相の支持率が急上昇し再選を確実にした。冷戦下で米国は同盟国の英国と米州機構加盟国のアルゼンチンの間で困難な立場に置かれた。ラテンアメリカの脱植民地化問題と領土ナショナリズムの象徴的事例として現在も係争が続いている。
参考文献
- Lawrence Freedman, 'The Official History of the Falklands Campaign'
- Max Hastings & Simon Jenkins, 'The Battle for the Falklands'