概要
全斗煥の軍事クーデタと戒厳令拡大に抗議する光州市民が蜂起。空挺部隊による残虐な鎮圧に市民が武装して抵抗し、一時的に「光州市民軍」が市を解放した。10日間の抵抗の末、5月27日に戒厳軍が鎮圧。公式死者数は163人だが、実際は数百〜数千人との推計もある。
歴史的背景
朴正熙大統領暗殺(1979年10月)後の「ソウルの春」と呼ばれる民主化の機運を、全斗煥の新軍部が12・12軍事反乱と5・17非常戒厳拡大で圧殺。金大中ら民主化指導者の逮捕が光州市民の怒りを爆発させた。
地形・地理的特徴
光州は全羅南道の中心都市で、無等山を背にした盆地に位置。市街地は比較的平坦で、市民軍はバスやトラックを利用して市内を移動した。全南道庁が最後の抵抗拠点となり、戒厳軍の装甲車が突入して鎮圧された。
歴史的重要性
韓国民主化運動の象徴的事件。1987年の民主化を導く原動力となり、2000年代には5・18民主化運動としてユネスコ世界記録遺産に登録。韓国の民主主義の根幹をなす精神的基盤であり、毎年5月18日に追悼式が行われる。
参考文献
- 5・18記録
- 光州民主化運動記録