概要

1979年12月27日、ソ連軍がカーブルに侵攻し、アミーン大統領を殺害してカルマルを擁立。10年間の戦争で約15,000人のソ連兵と約100万〜200万人のアフガン人が死亡。約600万人が難民となった。アメリカがCIAを通じムジャーヒディーンにスティンガーミサイルを供与。1989年2月にソ連は完全撤退。

歴史的背景

1978年のサウル革命で共産主義政権が成立したが、農村部のイスラム勢力の抵抗が激化。ソ連は共産主義政権の維持とアフガニスタンの西側接近阻止のため軍事介入に踏み切った。ブレジネフ・ドクトリンの最後の適用。

地形・地理的特徴

アフガニスタンの険しい山岳地帯(ヒンドゥークシュ山脈)はソ連の機甲部隊の運用を困難にし、ムジャーヒディーンのゲリラ戦に理想的な環境を提供。パンジシール渓谷はアフマド・シャー・マスードの拠点として知られた。

歴史的重要性

「ソ連のベトナム」と呼ばれ、ソ連崩壊の要因の一つ。アフガニスタンの軍閥化とターリバーンの台頭を招き、9.11テロの遠因となった。冷戦終結を加速させ、中央アジア諸国の独立への道を開いた。

参考文献

  • Rodric Braithwaite, Afgantsy: The Russians in Afghanistan, 2011
  • Steve Coll, Ghost Wars, 2004