概要

クメール・ルージュのポル・ポト政権が実行した大量虐殺。「原始共産主義」の実現を目指し、都市住民の農村への強制移住、知識人・少数民族の組織的殺害、強制労働を行った。犠牲者数は約170万〜200万人(当時の人口の約4分の1)と推定される。キリング・フィールドに大量の遺骨が残る。

歴史的背景

ベトナム戦争中のアメリカ軍によるカンボジア爆撃が農村を荒廃させ、クメール・ルージュへの支持を拡大させた。1975年4月17日にプノンペンを占領したクメール・ルージュは、都市文明を完全に否定する極端な社会実験を強行した。

地形・地理的特徴

プノンペンが政権の中枢であったが、ポル・ポトは都市住民を全員農村に強制移住させた。トンレサップ湖周辺の農村地帯が強制労働キャンプの中心。トゥールスレン(S-21)収容所はプノンペン市内の旧高校を転用した尋問・処刑施設。

歴史的重要性

20世紀最悪のジェノサイドの一つ。カンボジアの社会構造を完全に破壊し、その影響は現在も続く。特別法廷(ECCC)が2006年に設置され、指導者の裁判が行われた。トゥールスレン虐殺博物館は「二度と繰り返さない」記憶の場として機能している。

参考文献

  • ECCC記録
  • トゥールスレン記録