概要

軍の若手将校グループ(国軍運動、MFA)がサラザール体制の後継者カエターノ首相を無血で打倒。アフリカの植民地戦争(モザンビーク、アンゴラ、ギニアビサウ)への厭戦気分が軍内の反体制運動を育てた。革命後、植民地は独立し、ポルトガルは民主化した。

歴史的背景

サラザールの「エスタード・ノヴォ(新国家)」体制(1933年〜)はヨーロッパ最長の権威主義政権であった。アフリカでの13年間の植民地戦争が軍と国家を疲弊させ、若手将校が体制変革を決意した。

地形・地理的特徴

リスボンのテージョ川河口に位置する都市で、カルモ広場の秘密警察本部(PIDE)が革命の焦点となった。市民が兵士の銃口にカーネーションを挿したことから「カーネーション革命」と呼ばれた。

歴史的重要性

南ヨーロッパの民主化の先駆けであり、スペインとギリシャの民主化にも影響を与えた。ポルトガルの植民地放棄はアフリカの脱植民地化の最終段階を画し、1986年のEC加盟への道を開いた。

参考文献

  • ケネス・マックスウェル『カーネーション革命の成立 ポルトガル 1974年』