概要

1974年の革命で最後の皇帝ハイレ・セラシエが廃位され、軍事委員会デルグ(「委員会」の意)が権力を掌握。メンギスツ・ハイレ・マリアムが独裁者として君臨し、マルクス・レーニン主義を採用。1977-78年の「赤色テロ」で数万人が殺害された。1983-85年の大飢饉では約40万人以上が死亡。

歴史的背景

ハイレ・セラシエの長期統治は土地制度の近代化や社会改革の遅れをもたらした。1973年のウォロ飢饉への政府の無策と、エリトリア独立運動の激化が革命の引き金となった。

地形・地理的特徴

エチオピア高原の首都アディスアベバ(標高約2400m)が赤色テロの主要舞台。北部のエリトリアとティグレの山岳地帯が反政府勢力の拠点となった。1983-85年の飢饉はウォロ州とティグレ州の乾燥した高原で特に深刻であった。

歴史的重要性

アフリカにおけるマルクス主義政権の最も過激な事例の一つ。1984-85年の飢饉はBand AidとLive Aid(1985年)を生み、国際的な人道支援のあり方を変えた。1991年のデルグ崩壊後、エチオピアは連邦制に移行しエリトリアが独立した。

参考文献

  • Henze, P.B., 'Layers of Time: A History of Ethiopia'
  • De Waal, A., 'Evil Days: Thirty Years of War and Famine in Ethiopia'