概要

1972年9月29日、田中角栄首相が北京を訪問し、周恩来首相との間で日中共同声明に調印。日本は中華人民共和国を中国の唯一の合法政府と承認し、台湾(中華民国)との外交関係を断絶した。中国は日本に対する戦争賠償請求を放棄した。田中首相の「ご迷惑をおかけした」という表現は中国側から批判を受けた。

歴史的背景

1971年のニクソン訪中(米中接近)が最大の契機。日本は米中接近に衝撃を受け(ニクソンショック)、独自に対中関係を構築する必要に迫られた。田中角栄は首相就任直後に訪中を実現させ、外交的手腕を発揮した。大平正芳外相が実務を担った。

地形・地理的特徴

北京の人民大会堂で日中共同声明が調印された。天安門広場に面する巨大な建造物は中国の国家的威信を象徴する場であった。戦後27年を経て、かつて侵略した国との外交関係が正常化されたことの歴史的重みは大きい。

歴史的重要性

戦後日中関係の出発点となり、以後の経済協力・文化交流の基盤を築いた。1978年の日中平和友好条約へとつながった。しかし歴史認識問題・尖閣諸島問題は未解決のまま残り、日中関係は「政冷経熱」の不安定さを抱え続けている。

参考文献

  • 『日中国交正常化』服部龍二
  • 『田中角栄と毛沢東』