概要
1964年3月31日、ブラジル軍がジョアン・グラール大統領を追放し軍事政権を樹立。カステロ・ブランコ将軍が初代軍政大統領に就任した。1968年のAI-5(制度法令第5号)により議会の閉鎖、市民的自由の全面停止、検閲が制度化された。1969-74年のメディシ政権期に弾圧は最も激化し、同時に「経済の奇跡」と呼ばれる年率10%超の高度成長を実現。イタイプーダムやトランスアマゾニア高速道路などの大型国家プロジェクトが推進された。1985年にネベス(就任前死去)を経てサルネイ文民政権に移行し21年間の軍政が終了。
歴史的背景
グラール大統領は農地改革、国営企業拡大、外国資本規制を推進し、保守層と軍部の警戒を招いた。冷戦下で米国はブラジルの左傾化を懸念し、ジョンソン政権は軍事クーデターを支持した(「ブラザー・サム作戦」)。都市中間層も反グラール運動(「家族と共に神と自由のための行進」)を展開した。ラテンアメリカ全域で反共軍事政権が樹立される流れの一環であった。
地形・地理的特徴
リオデジャネイロはグアナバラ湾に面した沿岸都市で、当時もブラジルの政治・文化の中心の一つであった。軍事政権はブラジリアの連邦政府機能を掌握する一方、サンパウロの工業地帯の経済力とリオの軍事施設を基盤とした。ブラジルの大陸規模の国土(約851万平方キロメートル)は地域間の経済格差を内包し、北東部の貧困と南東部の工業化の対比が政治的緊張の源泉であった。
歴史的重要性
南米最大の国における21年間の軍事独裁は、ラテンアメリカの権威主義体制の典型例となった。「経済の奇跡」は対外債務の急増とインフレ危機を招き、1980年代の「失われた10年」の原因となった。軍政下で推進されたアマゾン開発は環境破壊の深刻化をもたらした。1988年の新憲法制定は民主化の象徴となり、その後のブラジル政治の枠組みを規定している。
参考文献
- Thomas Skidmore, 'The Politics of Military Rule in Brazil'
- Elio Gaspari, 'A Ditadura Envergonhada'