概要

ジュセリーノ・クビチェク大統領の「50年の進歩を5年で」のスローガンのもと、1956年から約41か月の突貫工事で建設された計画都市。都市計画はルシオ・コスタが設計し、飛行機の形をした「パイロットプラン」を採用。主要建築物はオスカー・ニーマイヤーが手がけ、大聖堂、国会議事堂、大統領府など白いモダニズム建築群が建設された。1960年4月21日に正式に遷都が実現した。数万人の労働者(カンダンゴスと呼ばれた)が全国から集まり建設に従事した。

歴史的背景

ブラジルの首都移転構想は19世紀初頭から存在し、1891年憲法にも内陸遷都が明記されていた。沿岸偏重の国土構造の是正と内陸開発の促進が目的であった。1950年代のブラジルは工業化と近代化の波が押し寄せており、クビチェクの開発主義政策はナショナリズムと結びついた楽観主義に支えられていた。しかし莫大な建設費用はインフレと対外債務を急増させた。

地形・地理的特徴

ブラジル中央高原のセラード(熱帯サバンナ)地帯、標高約1100メートルの平坦な台地上に建設された。リオデジャネイロやサンパウロといった沿岸大都市から約1000キロメートル内陸に位置し、パラノア湖が人工的に造成された。赤土のラテライト土壌が広がる半乾燥地帯で、建設以前は人口希薄な牧畜地域であった。内陸部への国土統合と開発を象徴する立地選定であった。

歴史的重要性

20世紀モダニズム都市計画の最大の実験として1987年に世界文化遺産に登録された。しかし理想的な都市計画は周辺に貧困層の衛星都市を生み出し、社会格差を空間的に再生産する結果となった。ブラジルの内陸開発を象徴する一方、開発主義がもたらした財政問題はその後の軍事政権成立の遠因ともなった。

参考文献

  • James Holston, 'The Modernist City: An Anthropological Critique of Brasília'
  • UNESCO World Heritage Centre