概要
1960年3月21日、パス法(黒人に身分証の携帯を義務付ける法律)に抗議するデモ隊約5000〜7000人に対し、警察が発砲。69人が死亡(多くが背中を撃たれた)、約180人が負傷。非暴力のデモ参加者への無差別射撃は世界に衝撃を与えた。
歴史的背景
パン・アフリカニスト会議(PAC)のロバート・ソブクウェが組織した反パス法キャンペーンの一環として、各地で平和的デモが行われていた。南アフリカ政府は非常事態を宣言し、ANCとPACを非合法化した。
地形・地理的特徴
ヨハネスブルグ南方のシャープビルは、アパルトヘイト下で黒人が強制移住させられたタウンシップ。警察署前の開けた空間でデモ隊が集結し、銃撃が行われた。都市計画そのものが人種隔離のために設計されていた。
歴史的重要性
アパルトヘイトに対する国際的非難の転換点。国連安保理がアパルトヘイトを初めて議題とし、3月21日は国際人種差別撤廃デーとなった。ANCは武装闘争路線に転換し、マンデラが地下活動に入る契機となった。
参考文献
- Frankel, P., 'An Ordinary Atrocity: Sharpeville and Its Massacre'
- Lodge, T., 'Sharpeville: An Apartheid Massacre and Its Consequences'