概要
テミストクレスの策略によりペルシャ艦隊を狭い海峡に誘い込み、約370隻のギリシャ連合艦隊が約800隻のペルシャ艦隊を撃破した歴史的海戦。ギリシャ側は三段櫂船の衝角攻撃と機動力を活かし、ペルシャ艦隊に壊滅的打撃を与えた。クセルクセスは陸軍の一部を残して撤退を決断。
歴史的背景
テルモピュライの陥落後、アテネ市民はサラミス島に避難。テミストクレスは偽りの使者をペルシャに送り、ギリシャ軍が逃走すると見せかけて海峡への進入を誘った。ペリクレスの父クサンティッポスもこの戦いに参加している。
地形・地理的特徴
サラミス島とアッティカ本土の間の狭い海峡で行われた。幅約1.5kmの海峡はペルシャの大艦隊の数的優位を無効化し、ギリシャの三段櫂船が機動力を発揮できる地形条件を作り出した。クセルクセスは対岸の丘から戦況を見下ろしたとされる。
歴史的重要性
ペルシャ戦争の転換点であり、ギリシャ世界の存亡を決した海戦。アテネの海軍力の優位を確立し、デロス同盟形成とアテネ海上帝国の基盤となった。民主政アテネの市民が漕手として戦ったことは、民主政の正統性をさらに強化した。
参考文献
- ヘロドトス『歴史』第8巻
- アイスキュロス『ペルシャ人』