概要
1954年6月、CIAが計画・支援した「PBSuccess作戦」により、民主的に選出されたハコボ・アルベンス大統領が打倒された。アルベンスは土地改革法(Decreto 900)を制定し、ユナイテッド・フルーツ社の未使用地を含む大土地所有者の遊休地を接収・農民への分配を進めていた。CIAはこれを「共産主義の脅威」と位置づけ、ホンジュラスからカスティージョ・アルマス大佐率いる約480名の傭兵を侵入させた。心理戦として偽のラジオ放送で大軍の進撃を演出し、軍内部の離反を誘った。アルベンスは軍の支持を失い6月27日に辞任。アルマスが大統領に就任し、土地改革を全面撤回した。
歴史的背景
1944年の「十月革命」以降、グアテマラでは民主化が進展し、アレバロ政権に続くアルベンス政権が社会改革を推進していた。しかし冷戦下の米国はラテンアメリカにおける左傾化を警戒しており、特にアイゼンハワー政権のダレス国務長官はユナイテッド・フルーツ社と個人的な利害関係を有していた。アルベンスの土地改革は合法的な手続きに基づくものであったが、米国は共産主義浸透の口実としてOAS米州機構を通じた外交的孤立化と軍事介入を並行して進めた。
地形・地理的特徴
グアテマラシティは中米火山帯に位置する標高約1500メートルの高原盆地に築かれた首都である。山岳地形に囲まれた内陸部は外部からの軍事介入に対して地理的障壁となりうるが、隣国ホンジュラスとの国境は比較的平坦な低地帯であり、CIA支援のカスティージョ・アルマス率いる反乱軍はこの経路から侵入した。太平洋岸とカリブ海岸をつなぐ交通路の要衝でもあり、ユナイテッド・フルーツ社のバナナ農園は低地のカリブ海沿岸に広がっていた。
歴史的重要性
冷戦期における米国のラテンアメリカ介入の原型となった事件であり、以後チリ、ニカラグアなど各地でCIA主導の政権転覆が繰り返される先例となった。グアテマラは36年に及ぶ内戦(1960-1996年)に突入し、推定20万人が犠牲となった。ラテンアメリカにおける反米感情の根源の一つとなり、チェ・ゲバラにも深い影響を与えた。
参考文献
- Nick Cullather, 'Secret History: The CIA's Classified Account of Its Operations in Guatemala'
- Piero Gleijeses, 'Shattered Hope: The Guatemalan Revolution and the United States'