概要
第二次ペルシャ戦争において、スパルタ王レオニダス1世が率いる約7000のギリシャ連合軍(うちスパルタ精鋭300名)が、クセルクセス1世の大軍(推定10万〜30万)を3日間にわたり隘路で食い止めた。裏切り者エピアルテスが間道をペルシャ軍に教えたため包囲され、レオニダスは殿軍として残り全滅した。
歴史的背景
クセルクセス1世がマラトンの敗北の雪辱を期して大規模遠征を計画。ギリシャ同盟はテルモピュライとアルテミシオン沖で同時に防衛線を構築した。スパルタはカルネイア祭を理由に全軍派遣を見送り、レオニダスの300名を先遣隊として送った。
地形・地理的特徴
エーゲ海岸と山地の間に幅わずか数メートルの隘路(温泉門=テルモピュライ)が形成される天然の要衝。カリドロモス山の断崖と海に挟まれた狭隘な地形は、少数の重装歩兵で大軍を食い止めるのに理想的だった。しかし山越えの間道(アノパイアの小道)が弱点となった。
歴史的重要性
軍事的には敗北だが、ギリシャ世界に抗戦の意志を示し、サラミスでの決戦準備の時間を稼いだ。レオニダスの自己犠牲は西洋文明における英雄主義の象徴となり、「モロンラベ(来たりて取れ)」の言葉は今日まで語り継がれる。
参考文献
- ヘロドトス『歴史』第7巻
- ポール・カートリッジ『テルモピュライ』