概要
1950年6月25日、北朝鮮が38度線を越えて韓国に全面侵攻。国連軍(米国主導)が参戦し、マッカーサーの仁川上陸作戦(9月15日)で戦況を逆転。しかし中国人民義勇軍の参戦で戦線は膠着し、1953年7月27日に休戦協定が締結された。南北合わせて民間人を含む約300万人が死亡。
歴史的背景
冷戦の激化を背景に、金日成がスターリンと毛沢東の承認を得て南侵を決定。韓国軍は準備不足で初期に壊滅的打撃を受け、釜山周辺にまで追い込まれた。
地形・地理的特徴
仁川は干満差が約10mと世界有数の大潮差を持つ港。マッカーサーはこの困難な条件を逆手に取り、北朝鮮軍が予期しない場所での上陸作戦を敢行。ソウル奪還後、38度線を越えて北進したが、中国軍の介入で戦線は再び膠着した。
歴史的重要性
冷戦期最大の「熱い戦争」の一つ。朝鮮半島の分断を軍事的に固定化し、現在も平和条約は未締結のまま。日本の戦後経済復興(朝鮮特需)、中国の国際的地位の変化、米国のアジア安全保障体制の構築に多大な影響を与えた。
参考文献
- 国連記録
- 朝鮮戦争記録