概要
第一次ペルシャ戦争の決戦。アテネの将軍ミルティアデスが約1万のアテネ・プラタイア連合軍を率い、ダティスとアルタフェルネス指揮下の約2万5千のペルシャ遠征軍を撃破。両翼を強化する陣形で敵を包囲し、ペルシャ軍に約6400の損害を与えた(アテネ側は192名の戦死)。伝令フェイディッピデスがアテネまで走って勝利を伝えたとされる。
歴史的背景
ダレイオス1世はイオニア反乱を支援したアテネとエレトリアへの懲罰遠征を企図。エレトリアを破壊した後、マラトンに上陸した。スパルタは宗教祭事を理由に援軍を遅らせ、アテネはほぼ単独で戦った。
地形・地理的特徴
アテネの北東約40kmに位置するマラトン平野は、海岸に面した狭い平地で、背後に山地が迫る地形。ペルシャ軍にとっては騎兵を展開するのに十分な広さがあったが、アテネ軍は山麓の高地から攻撃できる有利な位置を占めた。湿地帯がペルシャ軍の退路を制約した。
歴史的重要性
ギリシャがペルシャ帝国に勝利した最初の大戦闘であり、ギリシャ世界の自信と結束を高めた。アテネの民主政に対する市民の誇りを強化し、後のアテネ海上帝国の基盤となった。マラソン競走の起源。
参考文献
- ヘロドトス『歴史』第6巻
- ピーター・グリーン『ペルシャ戦争』