概要

1948年12月10日、国連総会で世界人権宣言が採択された。エレノア・ルーズヴェルト(フランクリン・ルーズヴェルトの夫人)が起草委員長を務め、フランスのルネ・カサン、レバノンのシャルル・マリク、中国の張彭春らが起草に貢献。30条からなり、生命、自由、身体の安全の権利、思想・良心・宗教の自由、表現の自由、社会保障を受ける権利などを規定。賛成48カ国、反対0、棄権8(ソ連圏6カ国、サウジアラビア、南アフリカ)で採択された。

歴史的背景

ホロコーストや戦時中の大規模な人権侵害への反省から、国際的な人権基準の策定が急務とされた。国連憲章(1945年)は人権の促進を目的に掲げたが、具体的な権利のカタログは欠けていた。西側の自由権と東側の社会権をどう統合するかが起草過程の最大の争点であり、最終的に両方を含む包括的宣言となった。

地形・地理的特徴

パリのシャイヨー宮で開催された第3回国連総会で採択された。シャイヨー宮はセーヌ川右岸のトロカデロの丘に位置し、エッフェル塔を望む壮麗な建築である。パリが採択地となったのは、フランス革命の「人権宣言」(1789年)の伝統を持つ象徴的な都市であったことに加え、戦後復興の象徴としてヨーロッパの文化的首都の役割を果たしていたためである。

歴史的重要性

国際人権法の基礎文書となり、その後の国際人権規約(1966年)、人種差別撤廃条約、女子差別撤廃条約、子どもの権利条約など多数の条約の源泉となった。法的拘束力はないが、慣習国際法としての地位を獲得し、各国憲法や国内法に影響を与えた。12月10日は世界人権デーとして記念されている。

参考文献

  • Morsink, The Universal Declaration of Human Rights: Origins, Drafting, and Intent
  • Glendon, A World Made New